地獄のタクシー事件

世にも妙な物語史上最も重大な事件だった『地獄のタクシー事件』をご紹介します。

事件の発端

1995年10月4日の「'95秋の特別編」内で放送された佐野史郎主演作『地獄のタクシー』。
この作品を見た「ハッピーピープル」等で知られる漫画家、澤英勝さんが、
【これは自分の漫画「先生、僕ですよ」を翻案した物だ】としてフジテレビを訴えたのが事件の始まりです。

また、澤さんは1992年に世にも内で放送された「声が聞こえる」の原作者でもありました。

裁判へ

放送翌年の1996年6月15日、東京地裁で(ワ)第10218号 損害賠償等請求事件として裁判が始まりました。
被告となったのは、番組を製作したフジテレビと共同テレビ、そして脚本を執筆した中村樹基の3名。

原告側

原告 澤英勝
弁護人 高木佳子
桑野雄一郎

被告側

被告 フジテレビ
共同テレビ
中村樹基
弁護人 本橋光一郎
荻野明一
中島龍生
訴訟後
弁護人
下田俊夫

請求

この裁判で原告が請求したものは以下のふたつ。

《1》朝日・毎日・読売新聞 全国版社会面へ以下の謝罪広告の掲載

『謝罪広告』

平成7年10月4日フジテレビジョン及び同系ネットワーク局において放送された
『世にも妙な物語・秋の特別編』の中の『地獄のタクシー』は、
貴殿の漫画作品『先生、僕ですよ』(『ハッピーピープル』第2巻・集英杜刊収録)を無断で利用し、
その内容を改変したものであることを認めます。

これにより、貴殿の著作権及び著作者人格権を侵害し、多大のご迷惑をおかけしたことを謝罪いたします。
今後前記映画作品は、再放映いたしませんし、これを小説化したり二次的作品化することはいたしません。

平成○年○月○日

株式会社 フジテレビジョン
株式会社 共同テレビジョン
脚本家 中村樹基

釋英勝 殿

《2》以下の賠償金 合計1122万円の支払い

翻案権(※1)侵害に対する損害賠償 20万円
著作者人格権(※2)の侵害に対する慰謝料 1000万円
弁護士費用 102万円

各作品の内容

一体、両者の作品はどの様に似ているのでしょうか?
簡単なあらすじは以下のようになっています。 (ネタバレ注意)

地獄のタクシー

医師の林豪は、新薬開発のために患者の飼っていたネズミを殺したり、
治る見込みがあるにも関わらず、患者の足を切断させるような非情な男だった。
ある晩、林は部下らと飲みに行った帰り、一人タクシーに乗り込む。
林は、自分が医者だと見抜いた運転手の前で『医者は現代の神だ』と傲慢に語る。
「何か大切なことをお忘れでは?」運転手からそう尋ねられた林は、
財布を忘れたことを思い出し、勤務先の病院へ引き返すように伝える。
病院に戻った林だったが、院内は無人で、ナース1人見当たらない。
すると、林の前に自らのミスで殺した患者らの亡霊が次々に現れる。
それらを前にしても、彼は「医学の進歩に犠牲はつきものだ」と自己弁護に終始する。
その後、殴られて気を失った林が目を覚ますと手術台の上に縛り付けられていた。
傍には人間大のネズミ達の姿。しかも、麻酔無しで林の足を切り始めたのだ。
恐怖で目を覚ました林は、タクシーの中にいた。夢だと安心したのも束の間、
ふと下半身の違和感に気づく。自分の足が切断されていたのだ。
運転手は「命を粗末にした報いだ」と言い放ち、行き先は「地獄だ」と告げる。
助けを求める林の叫びを残しながら、タクシーは闇の中へと消えて行った。

先生、僕ですよ

大学病院の研究医である主人公は、麻酔をかけずにネズミを解剖したり、
ネズミの首を切り落としてどこまで走れるかといった残酷な事を平気でやる男だった。
同僚達の非難する言葉にさえ、男は「たかがモルモットだ」と言い放つ。
その後、男が昼寝から目を覚ますと、何故か手術台に縛り付けられていた。
状況を理解できない中、手術着を着た二人の医師が部屋にやってくる。
その正体は、人間大のネズミだった。やがてネズミたちは男をモルモットにしようと、
眉間にガン細胞を注射する。恐怖の中、再び目を覚ました男は元の仮眠室にいた。
安心する男だったが、眉間にイボのような物が出来ている事に気付く。
彼は同僚に治療を依頼するが、その最中再び眠りに落ちてしまう。
すると、またもあの手術室に戻ってしまい、男は麻酔無しでメスを入れられる。
再び目覚める男。今度は腹部に切り傷が出来ていた。
怯える主人公は、同僚たちに自分を眠らせないように必死に頼み込む。
だが、男は睡魔のあまり異様な行動を取り始め、遂に薬を飲まされて眠ってしまう。
手術台の上で目覚めた男は、ネズミ達に内臓を引きずり出されていた。
ネズミたちは命乞いをする男を一笑に付し、彼の眉間にメスを突き刺す。
突然の叫び声に同僚達が駆けつけると、男は体をズタズタにされて死んでいた。
数日後、男の死は良心の呵責による自殺だろうと語っている同僚らがいた。
そんな時、無人のはずの治療室の扉が開く。そこにいたのは巨大なネズミたち。
彼らは同僚達を一瞥して、言った。「おい、またモルモットが逃げてるぞ」

原告の主張

『これは自分の作品を翻案したのだ』と言う原告の主張は以下の通りです。

『地獄のタクシー』は題材、ストーリー、展開、画面が原告の作品と同一、または類似している。
原告の作品は1984年の「ヤングジャンプ」で発表され、その号の発行部数は92万部、その作品を収録した単行本は約17万部発行されている。そのことから、この作品は恐怖を描いた作品として1995年当時でも広く知られていた。
スタッフや脚本家は番組の題材を探すため、恐怖を題材にした原告の作品を見た可能性が高く(※3)、製作過程で出されたアイデアにも原告の他の作品と似た物がある。
1992年に番組内で原告作品を原作とした「声が聞こえる」を放送したことがある。
「ヤングジャンプ」に掲載された別作家の「復讐クラブ」を番組内で放送したことがあるほか、1991年放送の「運命の赤い糸」が同雑誌掲載の漫画と翻案権侵害が問題になったことがある。(※4)
「地獄のタクシー」には不自然な部分があり、これは原告の作品を改変したことで生じたものである。また、脚本家は過去に別な漫画を翻案した際にも不合理な改変を行っていることなどから、今回も原告の作品を翻案したものと考えられる。

不自然な部分とは?

原告側の主張⑥の『不自然な部分』とは一体何でしょうか。
以下が原告側の主張する「6つの不自然な部分」です。

原告の作品、台本とも舞台は大学病院だが、実際の映像では総合病院になっている。
一般の総合病院で新薬開発の実験を行ったり、診察室が実験用と診療用に分かれているのは不自然である。これは原告の作品を基に舞台のみを変更したため生じたものである。
主人公が手術台の上で目覚める場面は、台本だと薄明かりで目を覚ますことになっているが、ドラマでは原告の作品同様に手術用ライトで目を覚ましている。また、台本では頭を万力で固定しているが、ドラマでは原告の作品と同じく固定されていない。
台本では主人公の服は指定していないが、ドラマでは原告の作品同様に普通の服を着ている。
手術着や裸ならともかく、普段着で手術台に乗るのは通常考えられない。
主人公は患者を冷たく扱う人物であるため、患者に復讐されるのならば理解できるが、等身大化したネズミに復讐される必然性が無い。さらに主人公は「新薬実験の為に患部を摘出する」名目でネズミに足を切断されるが、患部を摘出するために足を切断するというのは不自然である。
原告の作品では足の切断にノコギリを使い、「キイコキイコ」という擬音が使われている。
一方、ドラマではチェーンソーを使用し、台本には「ギコギコ」という擬音が使われている。
足を切断するのにチェーンソーを使用するのは不自然であり、擬音も原告の作品とよく似ている。
作品タイトルは「地獄のタクシー」であるが、主人公が奇妙な体験をするのは病院内である。そこへは自らの意志で赴いたのであり、タクシーが連れて行った訳ではない。
また、主人公がタクシー内でいつ眠ったのかどうかハッキリしておらず、タクシーと奇妙な体験との結びつきが不自然である。また冒頭に登場する患者らは後に登場せず、これらの要素は後付けで追加されたものである。

被告側の主張

一方『原告の作品を翻案していない』と言う被告側の主張は以下の通りです。

両者の作品は本質的な部分で異なっている。
「擬人化された動物が人間に復讐する」というアイデアは様々な人の作品にも使われており、
画面に関しても古典的な撮影手法を用いたものであり、特徴的なものではない。
「地獄のタクシー」に関ったスタッフは誰も原告の作品を知らなかった。(※5)

本質的な部分の相違

被告の主張①の『本質的な部分の相違』。その理由は以下の通りです。

原告の作品は、主人公が実験動物を粗末に扱い、その動物に復讐される物語である。
一方、『地獄のタクシー』は医者のモラルを無くした傲慢な主人公を罰するため、神に代わって地獄のタクシーが奇妙な世界の病院へと主人公を案内し、過去に死なせた患者や動物から復讐される物語である。どちらも動物に復讐される点は似ているが、昔からありふれた表現である。
原告の作品では「ネズミの復讐」が基本ストーリーになっているが、ドラマでは「ネズミの復讐」は主人公が受ける復讐の中の1エピソードに過ぎない。
原告の作品では主人公がネズミに殺されて終わりを迎えているが、ドラマの結末は主人公がタクシーに地獄へ連れて行かれるというもので、ネズミの復讐で終わるわけではない。
原告の作品では主人公が快楽のために動物を殺すシーンが度々登場するが、番組内にはそのようなシーンは無く、患者や部下への態度などから命を粗末に扱う傲慢な主人公の性格が強く印象付けられる。
原告の作品からは「動物実験の残酷さ」というテーマが感じられるが、ドラマからはそのテーマは感じられず、欲に走った傲慢な医師が罰せられることから、いわゆる「勧善懲悪」がテーマであることは明らかである。
原告の作品には主人公、同僚の男女数人、ネズミが登場する一方、ドラマではストーリーテラーに始まり、運転手、医師、足の悪い患者、主人公の部下、ネズミの飼い主の少年、ネズミ、患者の亡霊等多数のキャラクターが登場している。
ストーリーテラーは、毎回番組内に登場して視聴者に物語の興味を引き立てるために必要であるし、タクシーとその運転手は、主人公に罰を与えるというテーマからも必要である。
患者やネズミらも主人公の傲慢な性格を浮き彫りにさせる為に必要な人物である。
奇妙な世界で、復讐の恐怖を与えるためには等身大のネズミが登場するのは自然である。
以上のことから、登場人物の全てが内容・テーマにおいて必要不可欠な存在だと言える。
原告の作品では主人公は実験動物を一種の快楽として殺しているが、ドラマでは欲深い主人公が富や名声ならともかく、動物の殺害に快感を得る印象は全く受けられない。

判決

1998年6月29日、東京地裁は2年にも及ぶこの翻案事件の判決を出しました。

(裁判長裁判官:森義之、裁判官:榎戸道也、中平健)

原告の請求をいずれも棄却
(「地獄のタクシー」は、原告の漫画を翻案した物ではない)
訴訟費用は、原告の負担とする

裁判所の見解

「地獄のタクシー」は漫画を翻案した物ではないと判断されましたが、その理由は何なのでしょうか。
以下、簡単に裁判所の見解をまとめました。

「地獄のタクシー」が原告の作品を翻案したものであるかどうかは、被告側が原告の作品を基にして番組を制作したことに加え、原告作品の本質的特徴を番組の内容から感じられることが必要である。そこで、これまで双方の提出した証拠や事実などを比較した結果、以下のようなことが言える。
両作品のストーリーやテーマを比較すると、医師としてのモラルを忘れ、動物の命を軽視した医者が動物に復讐される部分は共通しているが、被告の主張する本質的な相違部分⑤等をみればわかる通り、番組には原告の作品に無い重要なテーマが含まれている。
被告の主張する相違部分④⑦にあるように、両作品の主人公の行為、モラル、性格はそれぞれ異なっている。
主人公が奇妙な世界に入っていく点は同じだが、漫画では眠りに入るのに対しドラマではタクシーに乗っている。ドラマは題名にタクシーがついていることからも重要な役割を果たしていると言える。また、その後の展開も両者は明らかに異なっている。
漫画では、主人公対実験動物と言う点から主人公の残虐な性格が描かれているが、ドラマでは医師のモラルを忘れ傲慢に患者や動物を扱う主人公が描かれており、人物を描く視点が異なっている。
両作品を比べると、主人公が手術台に固定される、ネズミに手術される、ネズミが「麻酔は必要ない」と言う場面など類似箇所が多いが、漫画では殺されたネズミ自身が復讐として主人公への残虐行為を楽しんでいるが、ドラマでは主人公の殺したネズミかは特定されておらず、足を切られた訳でもないため復讐行為をする設定にはなっていない。また、ネズミが医師のあり方の意見を述べ、視聴者にそれに従わない場合は報いを受けるよう印象付けている。さらに、自分が言ったことを同じように言われる手法は目新しいものではなく、ネズミの台詞もそれぞれ異なっている。
夢かと思わせておいて現実だったと言う類似点は存在しているが古くから存在する手法であり、そこに至るまでのストーリー展開は両者とも異なっている。また、どちらのラストも「死」と「タクシーに連れ去られる」と、それぞれ異なっている。
画像の比較をしてみると、類似している箇所はいくつか存在しているが、広く用いられている表現手法であり、手術台の固定も実際ある物と認められ、原告の作品特有の表現とは言えない。ネズミの顔も実際の動物をモチーフにしているため、ある程度似るのは避けられない。

裁判所の判断

以上の見解から、裁判所は「翻案侵害」かどうかを以下のように判断しました。

動物が人間の姿になって人間を襲う話は古くから漫画や映画で使われているが、擬人化されたネズミが手術をするという話は原告側の証拠によると原告の作品以前には存在しておらず、原告の創作と認められる。だが、それ自体はアイデア(※6)に過ぎず、その類似点だけでは原告の作品の本質的特徴をドラマから感じる事が出来るとは言えない。
両作品を比較すると、ストーリー、画像に類似点があることが認められるが、ドラマには原告の作品に存在しない物も含まれ、テーマ、主人公の性格も異なっている。また、ストーリーの流れも主人公が奇妙な世界に入りネズミから手術される点は同じだが、ドラマと漫画では受ける印象が違っている。画像も類似点は認められるが、古くから存在する手法で原告の作品特有の表現ではない。
以上を総合すると、原告作品の表現上の本質的特徴をドラマから感じられるとは言えない。

最後に

漫画の「表現上の本質的特徴」をドラマからも感じられるかという所が争点になっていたわけですが、
これ以降、翻案侵害に関する判例の1つとして、いくつかの書籍等で参考として取り上げられることがあるそうです。

現在は番組側も『都市伝説をまとめた本であっても著者を原作者にする』
『似た題材の作品が既にある場合、作者に台本を送って問題ないか確認を取る』など厳格な対応を行っている模様。

アイディア勝負の作品では、ただのネタ被りかパクリなのか怪しいケースはよく出てくるものですが、
ファンの1人としては、今後誰も傷付くことなく楽しい番組作りが行われていくのを願うばかりです。

脚注

※1:小説を映画化、漫画をアニメ化するといった著作物の翻案に関する権利。ちなみに請求額の20万は、通常著作を翻案した際に支払われる金額。

※2:著作権者の人格的利益を保護する以下の3つの権利の総称。
作品を公衆に公開するか否かを決められる『公表権』。
自分が著作者だと氏名を表示する事の出来る『氏名表示権』。
無断で著作者の意図に反する改変を禁止出来る『同一性保持権

基本的にこれら3つの権利は他人に譲渡することが出来ない。
原告はこのうち『氏名表示権』『同一性保持権』の侵害を主張している。

※3:法律での盗作の定義は「作品に依拠し、類似の著作物を作成する行為」とされており、被告が原告の作品に触れていたか否かは非常に重要な部分となる。そのため、偶然の一致である場合は盗作とは認められない。

※4:ここで挙げられているのは奥浩哉の漫画作品「糸」のこと。運命の赤い糸が見える設定などいくつかの類似点が見受けられるが、放送当時、訴訟やそういった報道が行われた事例は見当たらないため、出版関係者間でそういった疑惑があったものと思われる。奥氏によれば「友人から映像化を祝福する電話が多数来たが泣き寝入りした」、一方脚本家は放送前に「もし運命の赤い糸が見えたらという雑談から生まれた」と語っており、あくまで疑惑止まりの話であるため、再放送や配信は現在でも通常通り行われている。

※5(※3)を受けての回答。番組で一度原告の別作品(「声が聞こえる」)を映像化しているが、その際の制作会社は大映テレビであり、今回の「地獄のタクシー」を制作したのは共同テレビであるため、スタッフが本当に知らなかったとしても一応矛盾はない。そのためかこの部分は以降特に争点になってない模様。

※6:法律での著作物の定義は「思想又は感情を創作的に表現したもの」であり、具体的な表現ではないアイデア自体は保護の対象外となっている。例えば、推理物のトリックやキャラクターの人物設定、「少年が巨大ロボに乗って戦う」「少女が不思議な力を手に入れる」等のコンセプトがこれに当たる。

参考:日本ユニ著作権センター「テレビドラマの漫画翻案事件」より